2005年6月アーカイブ
「子供に、”尊敬する”ということを!」
「学校の先生を尊敬していますか?」というアンケート調査では、日本の中学生の8割が尊敬していないと答えています。びっくりするような数字です。
世界の20カ国で行われたこのアンケート結果は、韓国84.9%、 中国82%、・・・日本21% 。
19位でも70%台なのに、20位の日本は断トツの最下位21%です。
そして、この数値が50%以下の国は、崩壊するともいわれているのです。
由々しき問題ですが、現状の子供たちを批判するだけでは始まりません。
そう。私たちにできること。
私たち心ある大人は、尊敬することを広めなければならないと強く感じました。
奥さんが主人を尊敬している家庭は、子供が伸びるそうです。
”尊敬する”ということを、もう一度深く考えて、まずは自ら尊敬することをしていこうと思います。
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「がんばれ、にっぽんの教員教師!」
先日のOECD(経済協力開発機構)の国際学習到達度調査の結果、日本は前回一位だった「数学的リテラシー(応用力)」が六位に、前回八位だった「読解力」が十四位に後退。文部科学省が日本の学力について「世界のトップレベルではない」と言及しました。
しかし、この調査で一番ひどいのは、学力ではないそうです。
日本の子供たちが世界で一番テレビ視聴率が長く、家庭での勉強時間が一番短い。これでは、学校での勉強以前の問題でしょう。
ちなみに、学力が一位のフィンランドには、テレビを見る習慣がないのだそうです。
そしてフィンランドは、IT先進国です。しかしフィンランドに実際に行って驚いたのは、電車の中で携帯メールをする人もいなければ、パソコンを広げている人もいません。それでいて、IT活用は世界ナンバーワンです。政府や自治体のIT化も進んでおり、便利で暮らしやすい社会を実現しています。
フィンランドの生活習慣が、その強い国際競争力を築いているのでしょう。
話がちょっとそれてしまいましたが、
日本の学力低下の問題でよく言われるのは、学校や教師の質の低下でしょう。
しかし、別の見方をすると、こんなに家庭環境が崩壊してしまっている日本で、なんとか学力ランキングの上位で踏みとどまっているのは、学校の教員教師がすごく頑張っているからなのではないのでしょうか!
これからの日本を想い測ると、次世代を担う子供たちの学力の低下は、憂うべきものです。
そしていまの日本は、教育の原点回帰が必要だとおもいます。その教育復活の鍵を握るのは、なんといっても先生方でしょう。
今一番必要なのは、先生方が子供たちと一緒に、人間学を学ぶことだと思います。
教えるのではありません。共に学ぶという姿勢が大切です。
いま、日本の先生達は、自信を失ってしまっている状態ではないでしょうか。
その問題を解決できるのは、先生達自身だけなのですが、せめて応援させていただきたいと思います。
教員教師の方々が、自信を持って子供たちを教え育てて行ける日がくることを、待ち望んでいます。
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「激することを、しよう!」
26歳の吉田松蔭のもとで学んだ多くの人たちは、後の日本を変えてゆく偉大な人物に育っていきました。吉田松陰というひとは、いってみれば人を育てる神様です。
しかし、その吉田松陰の下で学んだにもかかわらず、成長できなかった人物が二人だけいたそうです。いったいそれはどんな人物だったのか!
それは、感激することのできない人だったそうです。
感動や感激は、人間を動かすエネルギーです。このエネルギーがないひとには、あの吉田松陰でさえ教え育てることはできなったのです。
”憤” ---> これがキーワードですね!
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「それ学は、人の人たる所以を学ぶ」
吉田松蔭のことばです。
「それ学は、人の人たる所以を学ぶ。」
”人の人たる所以は、徳性と知識技能に集約される。徳性を高めるのが人間学であり、知識技能を身につけるのが時務の学である。
ものには本来がある。木は根が本であり、幹や枝が末である。人間の本は徳性であり、末が知識技能である。徳を修めるのを本学といい、知識技能を学ぶのを末学というのは、このことを示している。”
しかし今の日本は、本学を忘れ、末学一辺倒に走ってしまっています。
もちろん末学も大事です。しかし、本学あってこその、末学だと思います。
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「武士の使節団」
さらに遡って1860年、徳川幕府は日米修好通商条約批准のため、約八十名の武士を使節団としてアメリカに派遣した。一行はワシントンで大統領に謁見した後、ニューヨークのブロードウェイを行進した。見物に集まった群衆の中に詩人のホイットマンがいた。彼はこみ上げる興奮を抑えかね、一遍の詩を書き綴った。
「西の海を越えて遥か日本から渡来した、
頬が日焼けし、刀を日本手挟んだ礼儀正しい使節たち、
無蓋の馬車に身をゆだね、無帽のまま、動ずることなく、
きょうマンハッタンの街頭をゆく。」
その立ち振る舞いだけで詩人の魂を揺さぶらずにはおかない、毅然とした威厳、気品が当時の日本人にはあったのである。
弱くなった。その最大の原因は、教育の荒廃だと思います。知識や技能を学ぶことだけに走ってしまい、心を鍛えることや徳を積むことを忘れてしまった日本人。
いま私たちに最も必要なのは、吉田松蔭のいう「それ学は、人の人たる所以を学ぶ」ということではないでしょうか。
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「アインシュタインが残した言葉」
大正十二(1923)年、来日したアインシュタインは、四十三日間滞在し、日本各地を回りました。そしてこの偉大な発明家は、日本文明に深く感動し、次の言葉を残したと言われています。
「私はこのような尊い国が世界に一か所ぐらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いが繰り返されて、戦いに疲れるときが来る。そのとき人類は、真の平和を求めて、世界的な盟主をあげねばならない。この世界の盟主は武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それにはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを。」
その日本は今、アインシュタインの言葉に答えるような国になっているのだろうか?
私たちはあれからたった八十数年の間に、日本人の伝統的な尊い精神文化を随分失ってしまったように思います。
かつて日本は東洋の君子国と言われていたそうです。立ち返らねばならないと思います。
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「黙りあい」
「彼等はつぎつぎと話相手をかえては、より深いコミュニケーションを求めて裏切られてゆく。そして、沈黙も饒舌も失ってスキーキング・マシーンのように「話しかける」ことと「生きること」とを混同しながら年老いてゆくのである。」(東京零年:寺山修司)
沈黙が死んでゆく・・・黙っていられない人たちが増えていく・・・、寺山修司は、いま失いかけているのは「話しあい」などではなく「黙りあい」なのではないか、と問うています。
”しゃべればしゃべるほど空しい気分になる経験、それを押し殺してしゃべるのが人生だ、と言うつもりはないが、ことばがまことのそれであって空語でないという確信を、ひとはどういうときに得るのだろうか。
意が伝わらないもどかしさにしだいに声を荒げるひと。かれの声が大きくなるにつれて、そのもどかしさはかえって目立つことはあっても、消えることはない。
逆に、深い沈黙のなかで、ひとは語りつくすことに劣らぬ濃密な交感にひたることもある。”
生まれ育った小さな島に高等学校が無かった私は、中学卒業後に親元を離れました。
そして、一ヶ月に一度、実家に帰省していました。当時、私の家族は親戚と夕食を共にしていました。3歳上の親戚の兄ちゃんは、島で漁師をしていました。子供のころは、よく遊んでもらいました。基本的に、その兄ちゃんも私も、口数のすくないほうです。海の男は、寡黙なのです(笑)
久しぶりに会っても、会話を交わすことなく、黙々と一緒にご飯を食べています。
そんな光景を見て、おばあちゃんが笑っていいました。
「おまえたち二人は、久しぶりに会っても、”元気でやっとるか?”と黙って目でしゃべってるだけだなぁ。」と・・・。
そう、その時の私は、黙ってただ相手の存在を意識していただけでした。
東京にきてからは、このようなことがなかなかできなくなりました。
言葉でしゃべらないと相手に伝わらないからなのか、相手の気まずさを感知して、それによってこちらも気まずさを感じてしまって、そわそわしてしまうことが多くなりました。
もういちど、あるがままの自分を取り戻さなければいけないなぁ、と感じています。
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「ことばと沈黙」
”あるひとが目の前に居る。その間に交わされることばはない。ふたりの間の沈黙。それが、深い沈黙、厚い沈黙とでもいうべきものであって、会話の不在でないというのはどうしてなのだろう? ことばの不在が空虚ではなく、おしゃべり以上に充実していることがあるのは、どうしてなのか。
一方で、ひとはふつうことばの不在を恐れる。ことばが途切れたとき、そしてどちらからもとっさにその不在を埋めることばが出てこないときの気まずい沈黙。そのとき、なにかそれまでの関係がすべて作り物であったかのように、色褪せてくる。他者の親密な感触というものが、あっけなく崩れる。その不在の前で、じぶんの存在すらも、へちまのようにすかすかになっている・・・。
ひとはこういう空虚に耐えきれず、どうにかしてことばを紡ぎだそうとする。かれが話しているのかじぶんでもよくわからないようなことばが、次から次へと虚空に向かって打ち放たれる。しかし、そのことばは相手に届くことなく、かといってじぶんのもとへ戻ってくるわけでもなく、ただ空しい軌跡を描くばかり・・・。そして、ことばではなく、その不在だけがしらじらとあらわになってくる。そしてじぶんは、一刻でもはやく、その場を逃れたがっている”
神戸に向かう電車の中で感じた沈黙と、いっぽうで間が持たず落ち着かない沈黙。
人の話を聴くときにとても重要になってくるのは、この「沈黙」を大切にすることではないでしょうか。
現代は、「沈黙」するということが、上手くできない人が多くなっているように思います。
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「大事を済すには かならず人をもって本となす」
「三国志」時代、 劉備の言葉です。
このときの劉備は、最悪の状況に置かれていました。身を寄せていた劉表が亡くなり、彼の息子によって、曹操へ売られそうになります。
曹操軍の急迫を知った劉備は、逃げなければならないのですが、人臣がぞくぞくと劉備の後を追ってきてしまいました。その数は数十余万だったそうです。劉備は難民を逃すために、関羽に舟を用意させます。部下の一人は、
「舟で行かなければならないのは、われわれの方です。曹操に追いつかれたら、ひとたまりもありません。」
と劉備の温情をなじるように言うのですが、それに対して、劉備は、
「大きな事業をおこなうには、人がもっとも大切だ。いま。これだけの人が、わしを慕ってきているのに、見捨てていけようか。」
と答えたのです。
人を信じ、自分に厳しいひとだけがいえる言葉なのでしょう。
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「うん、愛してるから」
そのひとのたくさんの話を聴いて、私は思わずこういいました。
「たくさんのひとから愛されているね!」
この言葉に対して、すごく素直に、
「うん。愛しているから。」
と、ことばが返ってきました。
なろほど、そうなのですね。
じぶんのしたことが、じぶんにかえってくる。
実に当たり前のことなのですが、なかなかできるものではありません。
それを、こんなに素直にできてしまう人に、ちょっと感動してしまいました。
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「沈黙が織り成す深い深いコミュニケーション」
ある晴れた日、自由が丘のベンチに織りの着物をきちんと着こなした上品なおばあちゃんが座っていました。びっくりするくらいカッコイイんです。おもわず見とれてしまいました。
同じような感覚を、3年半くらいまえにあったことを思い出しました。
それは、神戸へ向かう電車の中でのこと。就職活動中だった私は、そんなに混んでいない昼間の電車にのんびりとすわっていました。
そこへ、着物を”しゃん”と着込ましたおばあさんが乗ってきて、となりの席に座りました。そのときに私は、ほんの一センチか二センチくらい、横にずれて席を空けてあげたのです。どうってことのない、ふつうの、何気ない動作でした。
しかしそのおばあちゃんは、私に対して「ありがとうございます」と丁寧にお礼をいてくれました。私はすこしドギマギしながら、「いえ、どういたしまして。」となんとか答えを返しました。
それから15分くらいでしょうか。おばあさんがある駅で降りるまで、最初はとなりが気になって気になって仕方が無かったのですが、話しかける勇気もありません。おばあちゃんは、みじろぎ一つせず、背中をしゃんと伸ばして座っています。うーん、かっこいい。暫くの間、ただ深い深い沈黙の時間がゆっくりと流れていきました。
そして、おばあちゃんは、降りるために席を立ったときに、もう一度「ありがとうございます」と言ってきたのです。またもやドギマギしてしまった私は、ふりしぼったような声で「いいえ。どういたしまして・・・」と小さな声で答えました。我ながら、かっこ悪いなぁ。。。
でもその日は、一日中気分の良いすがすがしい日でした。
交わした会話は「ありがとう」と「どういたしまして」の二回だけ。でも、沈黙の時間の中に共有したものがあった気がして、ちょっとハッピーだったのです。
そういえば最近は、ほんとうにカッコイイひとが少なくなりましたね。
素敵に年をとりたいものです。
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「ふれあいのむずかしさ ~ 話を聴く編 ~」
”声が届くということのむずかしさは、話しかけることがこれだけで孤立的に機能しやすいという面があるからだろうか。話がつうじないとき、ふつう内容をもっと細かく、ていねいに話そうとする。が、皮肉なことに、内容が細かくなればなるほどこころが離れているようにおもわれてくる。で、あせってもっとしゃべる。ことばの真空状態がこわくて、さらに機関銃のようにことばを発射する・・・・。余裕というか遊びがなくなるのだ。
同じむずかしさは聴くことについてもいえる。聴くことはかならずしもすべてのことばをきちんと受けとめ、こころに蓄えるということではない。あまりにきちんと聴き、一言一言に対応されると、かえって胸が詰まってしまうときがある。言葉を受けとめるといっても、そこにはつねにアースが必要だ。じぶんがきちんと受けとめたら、自分のほうが持たない。それにがしっと受けとめると、それが反射して相手に悪影響を与えることもある。
「聞き流す」とふつうわたしたちがいっている行為に含まれるこの独特の呼吸は、他人の話を聴くということが、その言葉をぴたりと受けとめるとうこととは微妙に異なることを教えている。「間」ということばをここで思いだしてもいい。声がとどかなければはじまらないが、声がぴたりと当たりすぎると逆に苦しくなる。”
もし話を聞いてくれる相手が、発したことばの全てを聞き逃すまいとウンウンうなづきならが話を聞いていたとしたらどうだろうか?
発したことばの内容をすべて合理的にきちんと理解されたとしたら、話しやすいだろうか?
人間は遊びがないと息苦しくなるのですね、きっと。
ある程度のいい加減さとか遊びとか余裕とかがないと、落ち着かないのだと思います。
話を聴くということも、声をとどけることと同じように、むずかしいのですね。。
道の駅 ふじおやま のJAで買いました。
箱根から御殿場に行く途中にあります。
仕事で集中するため、箱根に来ました。
見えないとは思いますが…。
実家から送られてきました。
西伊豆スカイラインの途中にある達磨山の山頂にて。
これからアジやサバを釣りにいくんだって。
お昼は西伊豆の宇久須港にある元祖子鯵鮨のお店。
ToCooで取りました。安くて広くて古~い宿。
仕事帰り。
